Carnet de Poche メモ帳
番外編 ボローニャ・パリきまぐれ旅日記 Avril 2005
(ちんたら更新日記・・・7月2日に更新しました・・・)

12日●「地獄に堕ちる?」

早朝2時に起きて、最後まで残ってしまったS社の原稿をともかく第一次送信し、娘のお弁当を詰めて送り出し、家を飛び出す。 得意の駆け込み乗車で間に合った成田エクスプレスの中で、原稿を直して成田からおっかけファックスで送ることに。 換金、携帯のレンタル、abcでスーツケースの受け取り、とりあえずチェックインしておいて、ファックスや電話、できなかった買い物などに奔走してたら、おお、もう時間だ。
 
やっと出国手続きを済ませたところで、頭上でかなりピリついた声のアナウンスが。 「AF●●便でご出発予定のヒロマツユキコさま・・・当機は出発の準備を済ませ、お客様『ひとりだけ』をお待ち しております・・・」
(※後日談 ボローニャに向かう絵本関係者が何人もこれを聞いたらしい) 
あわてて歩き出したところを、ぐわしと、両側から二人の女性職員に拉致された。そして、引きずられていった搭乗口で男性職員にこう切り出された。
「お客様、たいへん申し訳ないのですが・・・」
(ええ〜っ、あたし「また」乗り遅れちゃったの!? 去年の長崎の二の舞?)と一瞬青くなったら、
「・・たいへん申し訳ないのですが、こちらの手違いでエコノミーの席がいっぱいになってしまったのです。ビジネスでいらしていただけますか?」
「・・・いいですよ」

そんなわけで、広々としたシートで、アペリティフとオードブルのチョイスに始まり(フォワグラにしました)、厳選ワイン各種飲み放題、チーズ盛り合わせとデザート (トロピカルフルーツのムースリーヌが美味しかった)に終わるフルコースを堪能しました。

強運に感謝しつつ、(昔、アメリカ出張でもこんなことあったよな〜)と隣の席になった男性にうきうきと話すと、 穏やかな口調で「あなた、死んだら絶対地獄に堕ちますね」と言われました。 「えっ、でも強運なだけで、悪事を働いてるわけではないですから・・・もごもご」と応えると、 「悪事を働いてないと、言い切れますか?」と追及されました。・・・いやー、ビジネスクラスの方は手厳しい。

シャルルドゴール空港の乗り継ぎ時間には、エキゾチックに『筑紫ん国のおもしろか話』を読んでいました。 母がまとめて、今月出版されたばかりの福岡の民話集です。 私が言うのもなんですが、これ意外に面白い。絵は母娘共通の友人・松井なつ代さん (「おおきなポケット」連載中の「きりんおばさんの本棚」も彼女の絵)のステンシルで、感じいいです。

で、ひやひやしながらも、ゆかいな旅の滑り出しです。
パリからの搭乗時に、同じホテルに宿泊する翻訳家のNさんと作家のAさん、H出版のNさん、Kさん、絵本作家のHさん、Tさんたちと合流。やさしいフランス客室乗務員にあやされつつ、無事ボローニャに到着し、常宿?「ホテル・ローマ」のなつかしい小花模様のシングルルームで暮らし始めました。

13日●「靴と名刺と雨漏りに注意」

到着の翌朝(「ゆかいな旅の滑り出し」と書いてから30分後)、「したっ、したっ、したっ」と背後で物音が・・・階上の部屋からお風呂の水が漏ってるー!  ・・・うーむ、さすがに由緒ある正しいホテル。フロントに知らせたら、イタリア語オンリーのおじさんをよこし、タオルを持って出たり入ったり。文句を言っても「わかんなーい」と首を振られるばかり。くそー。ようやく止まって、「明日おんなじことにならないでしょうね」と念を押すと、「Si, Si, Control !」とかなんとか調子よく言われる。疑いつつも一件落着。
(※ええ、もちろん嘘でした。次の朝も同じ時間に「したっ、したっ」と滴り落ちてきた。 もう、やりとりするのもめんどくさいから、自分で床にタオルを敷きました。 上の人、パンクチュアルなんだな、と思いながら)

日本にファックスを送り、美しいサロンで朝食を済ませ、バスに乗って、フェア会場へ。 5年前の記憶の景色が少しずつよみがえってきました。

日本のブースをさっと経由して、わたしの今回の目的、フランスの絵本調査へ突入。 白紙状態からのスタートだけに、動けば動いただけの収穫が。すぐに運動靴で来なかったことを後悔しました。
ほとんど知らなかった出版社の傾向や面白い作家の輪郭がぼんやりと浮かび上がってきました。 アポなしでも、立ち読みしていてここ!と思う出版社にはとびこみで、意外と突っ込んだ話ができました。乾いたスポンジ状の脳みそに、英語と仏語で一挙に注ぎ込む情報量。 煮詰まらないよう、ふうふう冷ましながら渡り歩きます。 出発前に娘が作ってくれた名刺が、瞬く間に減っていきます。

ピッツェリアでジョン・ロウがシュレーダーに「お口のまわりについてるわよ」 と指摘されているかわいい現場を目撃したり、パツォウスカーなど、なつかしい作家たちと再会もできました。

夕方、ボローニャのラガッツィ賞の授賞式のあと、いったんホテルに戻り(水漏れ以外は、居心地のよい部屋なんですけどね)、7時半から市庁舎のアンデルセン展オープニング会場へ。ここにはアンソニー・ブラウン、クエンティン・ブレーク、パツォウスカー、デュシャン・カーライ、 安野光雅など、アンデルセン賞画家たちの描いたアンデルセンの原画が展示されていました。 奥の間でのセレモニーでは、大学教授の子守唄のようなスピーチ( こんな穏やかなイタリア語もあったとは)に私のこうべは、前後左右に、かくん・・かくん・・・。
途中で抜け出し、8時半からピッツェリアでの日本人大夕食会(50人!)に合流しました。

14日● 「ジャ・ジャ・ジャーン!」

早起きして、前日にもらってきた数十冊の出版目録をざくざく研究。 やみくもに歩いていたら、時間が足りなくなること必至だしね。 ばしばし付箋をつけて、狙いを定めてから、遅めの出動です。

今朝は快晴。バールでバスのチケットを買って、にぎやかなマッジョーレ広場を抜け、 ひとりで歩いていると、「自由」の快感が全身に巡ります。 ああ、気分いいなあ。停留所で日本から届いたゲラのファックスに目を通し、 バスでは車窓をゆらゆら楽しみます。街並のレンガ色にやさしい若葉色、 紫と白の花がちらちら。

そんな風で、朝からいいことありそうな予感がしていたのですーー

イラストレーターズカフェのイベントを、ふらっとのぞきに寄ったら・・・ジャ・ジャ・ジャーン!「ジャン」がいるではありませんか(※もちろん隣には奥さんのミシェルも)。 おお、ジャン・クラヴリィ! なんねんヴりぃ!? わたしたちは大興奮で (←うそ。九割方わたしだけですけど)再会をよろこび合いました。乱文失礼。詳細略。

足どり軽く、血圧高く、ボローニャの入賞者と故マックス・ベルジュイスの展示を見て、 スペインのイラストレーター展もざっと見てから、 こらえきれず、韓国のブースを駆け足で見て回りました。 (いやー、やっぱり面白いなあ、ハングル始めるかなあ)と思ってしまうくらい、 韓国絵本のパワーは圧倒的です。ちょうど今朝受け取ったゲラ(『このよでいちばん大きな男の子』 の書評)の原画も展示されていて、はしゃぎました。

それからいざフランスのブースへ・・・わずかな知識と「勘」を頼りにつるはしでざくざく鉱山を 掘っている感じですね。時々かちっと原石にあたる手応え、たまりません。まあ、時には大手営業のわからんちん (<自社本の勉強しろよー)の壁にもぶつかりますが、気持ちの通う編集者もいて、 5の期待が10になって返ってきたり。

日本の絵本の土壌にかなりどっぷり浸かって仕事をしてきて、自分の中で「絵本」のかたちがちぢこまって 固まってきてやしないかと、 このところすこし気になっていました。新刊絵本との出会いも、既視感がぬぐえなかったり。 それが久々に、掘っても掘っても未知の快感。自分の目だけを頼りに読めるよろこび。 うーん、ブレインシャンプー♪ やはり無理してでも来てよかったなあ、と思います。

お昼も食べずに夢中でざくざく、6時の閉館ぎりぎりまで回りました。 (※今日はばっちり運動靴で)

夜はK社の方たちにお誘いいただき、H出版の2人もいっしょに、8人でおいしく楽しく気さくな晩餐。偶然行き着いたお店が大当たり。スプマーニも、山盛り生ハムメロンも、フンギのピッツァも、いかすみパスタも、Tボーンステーキも、いい味でしたね。 マスカルポーネのドルチェにエスプレッソ、今旅初のグラッパも堪能。

ほっぺが落ちそうな気分で、部屋に戻ると、あれ? 鏡に映った自分のほっぺがほんとに落ちそう・・・ 明らかに食べ過ぎ。やばいんじゃないの、今回の旅。
15日●「絵本と出会い・オリウシからショヴォーまで」

明日はパリに移動する私にとって、今日がブックフェア最終日。昨日の復習でさらに気になった本をチェックしに、フランスのブースをもう一巡り。それから時間のある限りよくばって、フランス語圏のスイス、カナダ、ベルギーの出版社に足を伸ばしました。

昼前から「イラストレーターズ カフェ」で行われる、ボローニャ展審査員による座談と授賞式へ。絵本作家のデヴィッド・マッキーと、編集者マイケル・ノイゲバウワーと、フランスのアートディレクターのジェラール・ロ・モナコと、韓国の絵本プロデューサーのシンさんと、おなじみ板美の学芸員キヨコさん。彼らの間に流れる空気から、今年の審査がよいコミュニケーションのもとに行われたことがわかります。それは、まとまりのよい展示からも伝わってきました。
ブックフェアにおける公用語は英語とイタリア語。あえてイタリア語でスピーチをやってのけたキヨコに拍手喝采。

終了後、初対面のシンさんと話がはずみ、チョバンのブースへ。1ページずつめくりながら、新刊絵本の説明を聞いたり、F書店の共通の知人(=酒豪)のことなどにも話が及びました。
絵本を間にはさんで、互いに不自由な言語を超えて、何かがすっとわかり合える感触がうれしい。はたちのときには持ち得なかった、何か。わたしには、いま、とりあえず「絵本」があることが、少しうれしい。
「どの絵本が好き?」と聞かれ、この新刊はほんとうに美しい、でも昨年受賞したこの地下鉄の絵本も すばらしいし、こっちのポシャギの絵本には何年も前に一目惚れしていたし・・・なんてあれこれ答えていたら、3冊ともいただいてしまった。 ああ、やっぱりハングル語勉強しなくちゃ。

昼食はパニーニのスタンドじゃなくてサラダが食べたいと思って、会場内のセルフサービスのレストランに行きました。サラダだけ、サラダだけ・・・とつぶやきながらお盆にはやっぱりパスタとデザートものせていましたが(<ばか)、時間をはずしたので空いていたし、今回のボローニャでは連日まともに昼をとってなかったのでよかったです。隣の席に濃密なイタリア人カップルが来るまではね・・・いいけどさ。

夕方、翻訳家で紙芝居活動家のNさんの紹介で、ジュヌビエーヴ・パットさんとお会いできました。堀内さんの「絵本の世界 110人のイラストレーター」の話になりました(※仏語発音では「オリウシ」の名著を、フランスの絵本識者はみんな知っているんですね)。わたしの仕事の原点にある2冊。 彼女は3冊目をいっしょに作ろうとしていたという。感慨。

終了の時刻が近づくと、どこのブースも絵本をばんばんくれてしまう。気になっていたブースをいくつか最後に回ったら、う・うう・うれしいけど、重たい・・・。

帰りにJBBYのブースに立ち寄ったところで、キヨコがミシェル・コーシェさんと立ち話しているところに出くわしました。これが、運命的な出会い。話がもののみごとに展開し、ケル・ジョワ! 次の火曜にパリ郊外のミシェル宅を訪問し、レオポール・ショヴォーのコレクションを見せてもらうことに。 (※また面白いことが動き出す予感。乞うご期待)

夜はボローニャ人キヨコに案内してもらい、まず新しくできた市立図書館をのぞき(※市役所宮殿とつながった旧証券取引所の立派な建物。地下には古代の遺構も)、オランダ主催の華やかなパーティーをすり抜け、若いイラストレーターたちとの夕食会にたどりついた。食後のくるみ酒がこくっとうまい。夜の光に包まれたボローニャをそぞろ歩いて、宿へ。こちらに来て初めて、ぐっすり朝まで眠りこけました。

16日●「コメディー・フランセーズ?」

ボローニャ最後の朝。1階に降りて行くと、NさんとAさんが一足先にパリに出発するところ。 フロントでお見送り、朝食のサロンに行くと、キヨコがまだいて、いっしょに朝食を食べる。 遅れてYさんも現れた。終わる頃にSさんも現れて、来年の北京でのIBBY大会のこと、 最近の不穏な動向について共に憂える。

さて、ふえた荷物をぎゅうぎゅう詰め込み、やっとパッキング完了。午前は観光のつもりがやはり時間切れ。 中途半端な出発時間を反省しつつ、ひとりタクシーでボローニャ空港へ。

空港が近づいてくると、イタリアとの別れが惜しまれる。シャイで無口そうな運転手さんに話しかけてみた。 「イングリッシュ・・ノー、ノー」と最初は首を振っていたが、「フランス語も?」と聞いたとたん、 突如目を輝かせ「フランセ? オー ジュ パール アンプー!(すこし話せる)」と堰を切ったように 話し始めた。その声の大きなこと、早口なこと、どこが「アンプー」やねん、今までの無言は彼にとって 苦行だったらしい。「ボローニャ土産にはなんと言っても食べ物だ。ハムだろー。ソーセージだろー。 チーズだろー。それからトルテリーニ。中に肉が入ったパスタ。えーと、あれ、 フランス語でなんて言うんだっけな、鳥じゃなくて、豚じゃなくて、猿じゃなくて、蛇じゃなくて、 んなわけないだろ、d'autre animaux (ほかの動物)がつまったパスタ」と自分で突っ込みも入れながら、 空港に着いてもまだしゃべり足りない風。親切な運転手さん、明るい別れをありがとう。

エールフランスのカウンターへ行くと、日本から来るときは14キロで持ってきたスーツケースが30キロになっ ていた(そりゃそうだ)。10キロ分手荷物に移し替えるため、脇でパッキングをやり直す。約20キロになって しまった手荷物を引きずりながら、さっき教えてもらった生ハムとチーズも根性で購入。

パリ着。シャルルドゴールでスーツケースを受け取ると、シャトルバスに駆け込んで、モンパルナスまで。 わたしは運転手の後ろの席に座り、乗客見物。空港からパリに向かうお客さんたちは多種多様で、飽きないのだ。

たとえば、フランスのどこぞの田舎からやって来た団体さんを仕切っているおばあさん。「早く乗って乗って」 と急かすけど、みんなワイワイ言うことを聞かない。「全部で13人いるはずよ。私が人数を確認しますから」 と胸を張り、運転手さんの横で声を張り上げ「アン、ドゥー、トロワ・・・」と数え始めたけど、途中でほか のことを口にしちゃうと、「あれ、いくつまで数えたかしら」とわからなくなる。「だんごどっこいしょ」 みたい。なかなか13人には到達しなくて、パスもちっとも発車できない。やがて「ああ、13人じゃなくてもと もと11人だったみたい。もう全員そろってるから、出発してください」って。いいのか?

ドサクサに紛れてただ乗りをしようとする大家族や、ビジネスマンと少女の噛みあわない口論。 次々現れる珍乗客にも、腕っ節の強そうな女性運転手さんは動じない。毎日のことで慣れているんでしょうね。
そう。パリにはあらゆる人がやってくる。だから人は人、それもあり、セラヴィ。 そのつっけんどんな寛容さが自由な空気を醸し出していて、わたしにはひどく居心地がいいのだった。

コメディ映画を見ているようだったバスも終点へ。ホテルまでは歩いて10分か15分くらいかしら。 とりあえず大通りを横断しようと歩き始めたところで「バキッ」。・・・スーツケースの持ち手が折れてしま って、転がせなくなってしまった。
な、なんだ、このオチは。観客を決め込んでいたわたしが、実は主役のコメディエンヌだったのか。

通りは死ぬ気で(と言うより、死にたくないから)渡ったものの、この荷物を持ち上げて歩くのは絶対無理。「私の辞書に不可能の文字はない」なんてほざいたフランス人に運んでほしいもんだよ。
で、スーツケースを道ばたに置きざりにしたまま、タクシー乗り場までひた走る。 乗り込んだタクシーに、まず「あの前方に小さく見える、スーツケースを拾ってください」と告げた。

・・・ホテルに到着。コンシエルジュの屈託のない笑顔が目にしみる。

やれやれ。 美術館はもう閉まっちゃったな。でも8時半くらいまでは明るいので、 足の向くまま近所を散策することにする。

久々のパリ。ひとりで歩くのは遊学時代以来。すごく変わったと言う人もいたけど、 記憶の風景とほとんど重なるのにびっくり。そりゃそうだ。十年や二十年の単位なんて、この石の街の歴史にとっては、 とるに足らない変化なのだろう。18世紀の建造物の一部がインターネットカフェに姿を変えたところで、 東京のように街が根こそぎ変わったりするわけはない。

ババン通りに出ると、昔好きだったおもちゃ屋を発見! 閉めかけていたシャッターをちょっと 待ってもらって、ちゃちゃっと物色。三人のかわいいおばあさんが和気あいあいとやっている お店で、代わる代わる「こうやって遊ぶのよ」と、お手本を見せてくれる。お土産をいくつか買ったあとで、二十年前にもここに来たことを明かすと、「んまあ」と驚かれ、別れ際には「また二十年後に会いましょうね」と言われた。はい。長生きしたいものですね、お互い。

それから記憶のプロムナードをてんてんとたどる。ルクサンブルグ公園、以前に住んでいたサン・ミシェル通りの アパルトマン(大家さんの表札はなくなっていたけど)、ソルボンヌ、古本屋、 そしてちっこいあのカフェは・・・もちろんありましたとも。十八世紀初頭からあるんだものね。ちっとも変わってない。相変わらずお金のあんまりなさそうな人たちがたむろしていて、くつろぐ。 2階席でシェーブル(ヤギのチーズ)サラダとたまごタルトで軽く夕食をすませ、 とっとこ走って帰る。日が暮れると急に冷え込んで、ぶるるっ、芯まで凍える。

深夜近くなって、部屋でネットがうまくつながらないので、厚着して二件隣のインターネットカフェへ行ってみた。 二十年前は赤ん坊か、ほんの単細胞だったであろう若者たちとささやかに交流し、 ローマ字しか打てなくて不自由したけど、ゆかいな異文化体験でした。

17日●「ぜいたくなそぞろ歩き」

ふあー、よく寝たー。パリの朝は、6区のひっそりした裏道のホテル4階の小部屋で始まる。窓からは、目の高さに屋根裏部屋が連なり、見下ろせば、大衆レストランと古本屋があって、並びに画材屋さん。遅い朝食を中庭でとってから、ぶらりと外に出た。3時までは約束もなし。なんとなくオルセーの方へ向かうということだけ予定して、歩き出す。

よく晴れた日曜日。緑と花の季節のルクサンブルグ公園を抜けていくと、なつかしのギニョール小屋発見。ちょうど劇が始まるところだったので、 切符を買って中へ。隣に座ったのは、ロサンゼルス(※わたしの生地)で書店を開いているというふっくら アメリカ女性。毎年春、秋とパリにやってきて、二週間くらい一人旅するのだそうな。うらやましい。

人形が観客の子どもたちを引き込み一体になって劇を作り上げていく職人芸は、みごと! いじわるなおひめさまが「わたしのほうが美しいわよね」と子どもたちに同意を求めると一斉に「ノーン!」、 悪魔が「あいつらにはいうなよ」と口止めしようとすると「スィー!」言いつけてやるー!と口々に叫ぶ。王子の背後に悪い奴らが忍び寄ると、「アタンショーン!(きをつけてー)」「イレラー!(そこにいるよー)」声を枯らして伝えようと必死。そうして満を持して登場したギニョールが悪者を徹底的に懲らしめると、 子どもたちは爽快な甲高い笑い声をたてるのだ。
わたしも隣のロスの女性と声を張り上げ、「アタンショーン!」とギニョールを応援し、 ケラケラ笑いを共有しました。

ふうん。今朝一番につけたテレビは日本のアニメの吹き替えで、ぎょっとしたのだが、こういう昔ながらの文化も生活に根を張っていて、週末ごとにぶらりとやってきて見られるのはいいな。観客数が空いていて、働いている人たちが 老人ばかりなのがすこし気になったけど・・・天気があまりにもいいせいかしら?

外に出ると、子どもたちはきーきー叫びながら走ったり、よちよち歩いたり、ころんだり、馬に乗せてもらったり、 池で棒を使って操作するヨット遊びをしたり(※この貸しヨット、なかなか渋くて細工の細かい作り)、 シンプルな遊びに興じている。大人たちはこぞってひなたぼっこ。暇の満喫。何もしない自由を知っている人たち。

日曜なので、ほとんどのお店はお休み。ウィンドーショッピングをしつつ、サンジェルマンの方へ抜けていくと、マルシェ・サンジェルマンの回廊で年に一度のアート市をやっていた。冷やかしながら二周り。スポンジ風さいふとか、手縫い刺繍のレターセットとか、ちんまいものを入手。サンシュルピス教会前の広場では、マダガスカルの民芸市をやっていて、色のきれいな手提げをひとつ購入。

あっちこっちに寄り道しながらセーヌ川に出て、てくてくてくてく、オルセー美術館にたどり着いたころは、もうけっこう足が痛い。いんや、なんのこれしき。長蛇の列をがまんして、三日間有効のカルト・ミュゼと特別展の券を買う。特別展「ネオ・インプレッショニスム スーラからクレーまで」をどっぷり楽しんで見てしまい、常設展はマネの部屋だけのぞいて、時間切れ。まあ、また来ればいいやね。
ちょこっとのぞいたミュージアムショップでは、ナビ派の画集の数々にぐらっと来たけど、理性でぐっと踏みとどまり、ヴァロトンの小さなカタログだけ求めました。フランス→絵本→ショヴォー→ナビ・・・ なりゆきまかせの旅のキーワードが糸で結ばれてきた・・・気がする。

さてさててくてく早足でまた歩く歩く。セーヌ通りのジェラール・ミュロでおいしそうなマカロンをバラで6種類手土産に買い求め、RERのルクサンブルグ駅から郊外のロバンソン駅に向かいます。パリ在住のアーティスト平川滋子さんを訪ねに。
パリの郊外は近いんだよね。「荻窪から赤坂見附くらいの距離」って平川さんに言われた通り、ほどなくロバンソンに到着し、 閑静な高級住宅地を平川さんの車でぐるりと案内してもらいながらアトリエへ。

平川さんは東京女子大の史学科を出た後、芸大の油絵を出て、フランス給費生としてレコル・デ・ボ・ザールで学び(※ボ・ザールの裏話もゆかいでした)、その後パリでアーティストとしてかれこれ20年活動を続けてきた女性。わたしがちひろ美術館にいた頃にフランス出張でお世話になったことがあったのだけど、 鋭い眼光と孤高の姿勢と気さくなしゃべりはちっとも変わらない。
アトリエで作品を見せてもらいつつ、湧き出てくるお話を聞きながら、 パリの外国人アーティストの光と影についてしばし思いを巡らせる。 自由とか、アイデンティティとかひとつひとつの言葉について、 旅行者には思いが至らない裏の意味があるなあ。。

まだ日のあるうちに散歩しようと、居心地のよいアトリエを後にした。ル・ノートル造園のソー公園は、噂に違わずででんと広くて、桜の名所としても名高い。どっしりと満開のピンクの八重桜が規則正しく植わった様子は、日本の桜とはあんまり似てないと思った。遅い日の暮れる頃、また車に乗り込み、パリへ向かう。

長い長いそぞろな一日。東京暮らしのひと月分は歩いたし。シャンゼリゼ通りの裏、あやしい光を放つタイ料理屋で食べて食べて、飲んで、しゃべって、締めたのは、深夜二時だったよ。

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